ハニー★カム:日誌

ぱちりとした写真やのんびりまったりその日の一言

Entries

月の裏まで、一緒にどうだい?

復活祭!改5の二冊目、(通算)獄ハル3冊目です。

獄ハル3

■B6/P372
■獄ハル。短編53話。サイトの獄ハルテキストを加筆・修正したものです。書き下ろしあり。
■サイトのテキストは削除済みです。
■本文サンプルは、追記よりどうぞ★
(サンプルが獄ハル前提の山本→ハルですので、苦手な方はご注意ください)








【月の裏まで、一緒にどうだい?】

 ドガンドガン、と件の音が。
 魔法の呪文を、唱えたら。
 オモチャの行進、一緒に進め。
 夢は約束、走り出す。

 やっぱ失恋、てやつなんかな、と宙を見上げた。
 十月三十一日の並盛町は、未だ寒風なんて吹きすさばずに、のんびりとした秋の宵。
 まあ、たまにびゅう、と頬を掠める風がもうすぐ冬、と予告をすることもある。それでも、今宵の並盛の空は上機嫌で、不機嫌そうな薄曇りじゃあなかった。
 うん、晴れのがいい。そう考えるオレは、単純に中学の頃から夢中になったり一旦は絶望した球技がやり易い、という意味で頷く。ただ、野球のグラウンドのためでもない。なんか好きなんだ、晴れが。
 特別天気に思い入れがあるわけでもなく、雨降りにブルーになるわけでもない山本武十七歳は、ボンゴレファミリーでは雨の守護者だ。雨が嫌いなはずもない。
 なんでなんかな、と多少の摩訶不思議を抱える。見上げた宙には月。満月。白磁の、ってやつかな。絵本とかファンタジーだと、吸血鬼とか狼男とか出てきそうな。
 柔らかいクリーム色の円形がぽっかりと紺色の宙に浮かぶ。円の中には模様があるけど、オレにはちょっとウサギには見えない。あれをウサギに見立てた昔の人の感覚は、オレにはちっと分からない。
 オレの目にはボールとバットに見えるかな、となんとはなしに見上げていた宙に対して、つい吹き出した。単に興味があるもんに見えるだけなのかもしんない。
 でも、それでいんじゃねーかな、と思う。うん、と一つ頷く。昔の人もそうだったのかもしんない。んなの、今となっちゃあ分かんないけど。
 うーん、となにかを考えている振りをしながら階段を降りる。石段。傍に紅い煉瓦。そろそろ銀杏の葉が舞い降りて、紅と黄で綺麗だ。
 この先の桜並木も紅葉してる。はらはら、と散る葉はやっぱり紅と黄色。紅い煉瓦に乗せられていく色は二色。わずかに緑と黄緑と茶。
 どうしてだか、青はないんだよな、と首を傾げそうになった瞬間に、彼女の科白がオレの鼓膜によみがえった。
 はっきりとそれは鮮明な言葉。決意で意志で宣告。予告で希望で申請で、なんともかんとも不可思議な音。
「生まれ変わったら、ハルと恋してください」
 脳内でリピートして、もう一度、うーん、と唸る。さすがハル。摩訶不思議で無理難題で難攻不落で……えーと、そうだな、殺し文句みたいな。
 山本武におかしな依頼をするのは、三浦ハル十七歳。並盛高校二年A組在籍中の、新体操部不動のエース。
「別に、エースじゃあないですよ」
 と彼女は笑う。それは別段謙遜してるわけじゃあないって分かる。自然な声。素直な音。困惑しているわけでも恐縮してるわけでもない。なんていうか、そう、「なんだかそうなっちゃって」って感じが近い。
 オレにはなんとはなしに意味が分かる。山本武も並盛高校野球部期待のエース、だなんて呼ばれる。特に悪くはないけど、呼び名に恐怖やプレッシャーもないけど、そうじゃなくて。
 たぶん、オレも彼女も、なりたいもんが違うんだ。
 エースの称号がいらないんじゃない。ある意味は誇り。嬉しい。返上はしない。でも、エースを目指してるわけでもない。なりたいのはもっと、やりたいのはもっと、異なる世界の話。
 贅沢かも、とも思う。考える。オレは真っ向から叫ばれたりしたことはないけど、実は並盛高校には、野球部のエースとやらになりたい男だっているのかも。同じように、新体操部にも。
 二人とも、「いーよ」「どうぞ」とそれを差し出してしまうのでもなく、どうしてなんだかそれには固執しないで、違うものを目指す。なんて、山本武だけの一方的な感想かも。
 そんな感触と手応えがするから好きなんかな、とオレは首を捻る。さっぱりときっぱりと判明しない気持ちは、なんだか未来に遺されるとんでもない謎みたいだ。迷宮入りかも、とおかしくなって軽く吹き出す。
 はは、と持ち上がった頬のまま月を見上げたら、オレの背中と足元にぐいん、と長く伸びる影。並盛町はまだ真っ暗闇じゃあないけど、事件でも起こったらどうしよ、って感じの長いそれ。B級映画みたいだ。
 ザッ、と石段を数段飛び降りて振り返れば、グレーの石は宵闇の中でその段と一つ一つの形を浮かび上がらせる。クリーム色の満月がそれを照らしていて、殺人事件なんて起こりそうにもない。
 あ、ヘンな気分になるのはひょっとして、ハロウィンだからなんかな、とカボチャもガイコツも魔法の帽子も現れない階段を見据えた。
 刹那、ドガドガン、とかなんとはなしに既視感のある音が頭上で響く。薄紫と灰色が混ざり合った煙が階段に降る。モクモクとする空気の向こう側で、オレの目の前に現れるのは間違っているような気がする相手がいて、もう。
 オレは目を見開いて、ドサリ、と腕の中に落下してくるその体を受け止めるんだ。

       ◇

 赤い帽子。背の高いやつ。ひらひらしたふさの付いているそれを斜めに被った髪は黒と茶色の中間くらい。この色知ってる。さらり、と肩上に流れる。ボブ。柔らかそうで触りたい。
 肩も真っ赤だ。ぴし、としたまるで制服みたいなかっちりとしたデザイン。でも、素材は硬くなさそう。てか硬くない。それ触っちまったし、オレの右腕。折り返した袖と襟にパイピングがされて、ゴールドに輝く。
 ずらっと縦に並んでるボタンも金。ごちゃごちゃした模様が掘られてる。ちょっとデフォルメした炎みたいだ。それが胸元に向かって続いてる。外したいな、とか少し考える。でも、それはきっちりと留められたままだ。
 ひらり、とかすかにめくれるプリーツスカート。膝上。これまた綺麗なレッドでこの世界の中に存在する。スカートの裾にもパイピング。そりゃあもうゴールドで。
 ここまでしっかりやったのなら、ロングブーツでも出てきそうな感じもするのに、スカートの端から黒タイツの脚。綺麗。自らを支え切れずにオレに体を預けてるけど、きっと普段は真っ直ぐに立つ。間違いない。絶対。
 カツン、と踵で音を鳴らしそうにパンプス。ちょっとヒールが太いやつ。あ、これでブーツの代わりなんかな、と納得。どこまでだって歩いて行けそうだ。華奢じゃない。生命力がある。儚くない。元気。
 山本武十七歳は、この体躯の持ち主を知ってる。でも、あのさ、これって、もしや……。
 モクモクとけぶっていた視界が晴れてくる。並盛町は快晴。宵闇だけど。綺麗な白磁の月とそれを浮かび上がらせる群青の宙。オレの前でよかったんかな、間違えてないかな、ととてつもなくこの胸中は揺さぶられたんだ。
「……ハル!?」
「ああ、よかった。山本さんです、探してたんです」
 わずかに咳込む唇。バズーカの煙が目にしみるのか、かすかに潤む目尻。ぎゅっ、とオレの右袖を握る指先。オレを見上げる瞳は猫目。つり上がってるわけでもなく、目元はしゃんとしてる。ダークブラウン。
「ランボちゃんのバズーカ、また壊れちゃってて」
 と苦笑する頬にさら、とボブの髪先が流れる。確かに三浦ハル。でも、彼女は……。それでも面影がある。
「あと、相変わらず狙いを付けるのが上手じゃあないですね。煙、頭から被っちゃいました」
 十七歳の彼女と比較すると少しだけ伸びた背。そんなには大人びてない。でも、可愛いのに綺麗だ。ふう、と彼女は小さく溜息。
「五分なんて効力も考えものですよね。しなくていいと思うんですけど、これ、戦闘でお役立ちになるんでしょうか」
 百六十三センチくらいかな。十七歳の彼女よりも目線がオレに近い気がする。嬉しい。頬が持ち上がりそうになる。山本武の傍に、普段よりも近い三浦ハル。
「山本さん、十年バズーカご存じですよね?」
 当然知ってる。中二の時、それでいろいろあった。山本武も三浦ハルも。未来と過去。タイムパラドックス。忘れてない。彼女の問いは純粋なそれじゃあなくて、確認の意味だ。でも、オレはこの段階でも「山本さん」呼びってことか、とそればかりがちくりと頭を掠めた。
「山本武さん。十七歳。並高野球部期待のエースで、ボンゴレファミリー雨の守護者さん、で?」
「……うん」
「よかった。ハルは十年後から、ランボちゃんの壊れた十年バズーカで来ました。三浦ハル、当年とって二十七歳です」
「ん、そうみたいだ」
「ああ、やっぱり山本さんは頭の回転が早いですね。時間もないことですし、ハル助かっちゃいます」
「そ?」
「はい!」
 どうにもこうにも、笑顔がオレの見知っている彼女とそっくりだった。あ、やっぱ本人、と腑に落ちる。綺麗になってっけど、中身はあんま変わってないのかも、と安心する。また嬉しくなる。
「ハル、なんでそのカッコ?」
 とずっと不思議だった質問。十年経っても、まだ着ぐるみとか作ってんのかな。屋形船とかなまはげとか。それが彼女っぽい。この格好からすると、ヘンな衣装は作ってそうだ。変わってなさそう。
「今宵はハロウィンナイトですから、山本さん」
 にやり、と笑う。綺麗なのがちょっと子供っぽくなる。少しだけ、オレの知ってる十七歳の三浦ハルに接近した。オレはなんだかドキドキする。鼓動が跳ねる。鳴る。正直に。
「今年のハルはオモチャの兵隊なんです。ついさっきまでプラスチックのトランペットを持ってたんですけれど、バズーカに当たった時に落としちゃったみたいで。でも大丈夫。まだバトンもありますから」
 くるり、とシルバーの持ち手に両端にホワイトの星の付いたそれを回転させる。滑らか。ハロウィンのために練習したんだろうか、とおかしくなった。笑いそうだ。
「バトン、どこかおかしいですか?」
 と彼女は大層不思議そう。繰り返し、くるくるくる、と銀色が満月の真下で廻る。まるで、世界を回転させてるみたいに見える。錯覚かも。でも錯覚じゃあないかも。
「いや、相変わらず可愛いけど、綺麗になってもハルはハルだなって」
 ぱちり、と瞬き。大きな猫目が瞬くのと同時に、くるん、とバトンは回ってからぴたり、と停止。じっ、と山本武を見上げる瞳の中がなんだか照れくさそうだ。綺麗なのに可愛い。どーしよ。
「山本さんも、相変わらずストレートですねえ」
 くすり、と笑われた。苦笑じゃあない、もどかしそうな頬。「ありがとうございます」と笑んだ彼女は真っ直ぐだ。ストレートってどっちが、とオレは世界の果てまで摩訶不思議。
「ストレートだとなんか効かねんだけど、カーブのがいい?」
 とか訊ねてみた。くすくす、とおかしそうに笑みがこぼれる。困ってはないみたいだ。余裕なんかな。二十七歳だしな、とオレは難攻不落の敵と対するみたいかも、と感じる。
「ハルは鈍いらしいですから、カーブは遠慮します」
 とひらひらする手のひらに返答される。確かに。言わないとなかなか伝わらなかった。言っても受け取ってくれるだけだったけど。でも、誓って決して返球されはしなかったんだ。
 くすり、と何度でも笑う彼女が、ひょい、と石段に座り込んだ。綺麗な脚を伸ばしてみせて、手のひらを膝に乗せる。星のバトンは放り出した。並盛町の宵闇と満月が、オモチャの兵隊だと主張するレッドの制服を照らす。ゴールドのボタンに月明かりが反射するみたいだ。
「ストレートな山本さんに、ストレートに言いますね」
 オレを見上げる瞳はためらいがない。でも、少しだけ照れくさそう。宣言する内容は決まってるみたいだ。さっき、彼女は「探してた」って言った。オレを? 三浦ハルが山本武を探すことなんてあるんだ、と素朴な疑問。逆ばっかかと思ってた、今日までは。なあ、ハル、そーなの?
 きらきら、と流れ星なんてのは降らない。帚星もない。宙には雲も一つもない。並盛町で瞬いているのは一等星と二等星ばかりなんだ。

       ◇

「山本さん、昔、『生まれ変わったら、ハルと恋してください』ってお願いしたの覚えてます?」
 小さく頷く。覚えてるもなにも、こないだ言われたばっかだし。
 さすがに多少なりとも恥ずかしそうな彼女は、もしや山本武に前言撤回をしにきたんだろうか。わざわざ十年後から? 死刑宣告かな。
 どうしてなんだか、ほっ、と彼女は安堵の息を吐く。よかった、と表現してもおかしくないくらいには頬をほころばせる。なんだろそれ。期待させるの上手いんじゃーかな、ハルって。ちょっと文句言いたい。可愛い、って。
「十七歳の時、ハルはふざけてじゃあなくて、そうお願いしました。本気でそうしたかったから。笑われるかな、と思いましたけれど、山本さんはどうしてか約束してくれたから、あの時嬉しかったんです、ハル」
 はあ、と彼女は熱い息を吐き出した。わずかに紅潮する頬。まだ恥ずかしいんかな。オレの方がよっぽど、んなこと言われてて気恥ずかしいって分かってっかな。どうかな。分かってなさそう。なあ、言ったがいい?
「でもですね、山本さん」
 なんでだかきっ、とした目線。少しだけ険しくなる唇。あ、これ本題なんかな、と予感。オレは階段に座ったハルのプリーツスカートから伸びてる脚ばっか見てる。柔らかそうなのにパワフルな感じ。まだ脚速い? 自慢の脚健在?
「あれ、忘れてもらえないですか」
 びしり、と山本武のブレザーの胸元を指さす三浦ハル二十七歳。容赦ない。オレはそう宣言されるんだろうな、と構えてたから、別に心は揺れない。まあ、とんでもなく切ないけど。ちっと泣きそうだけど。でも、そんなのは彼女には無関係だ。
 ごくり、とその喉が息を呑み込むのはなんでなんだろう、と不可思議だ。真剣。真摯。オレが「いやだ」とでも言ったら、果たして撤回してくれるんだろうか。つい、彼女を睨んでしまった。
 オレの視線に彼女ははた、とした動きをする。ばたばたと両の手のひらを振る。指輪。左の薬指に。プラチナなんかな。相手変わってねーんだろな。ずきり、と胸が痛んだ。
「違います。そうじゃあないです。ハルがそんな気持ちじゃなくなってしまった、ってわけじゃあないんです。むしろ、ハルの気持ちはそのままでして……」
 慌てて言い訳みたいなものを追加する彼女は、初めて困惑した表情を見せた。少し迷ってる感じ。言ってしまっていいのか、と迷う目。ダークブラウンの光彩がわずかに揺れた。オレは、ぱちり、と瞬き。どういうことなんかな。
「山本さんて、ずっとずっと、どうしてなんだか恋人さんを作らなくて。ああでも、単にハルが知らないだけで、いたこともあるのかもしれません。ただ、一見そんな風には見えなくて。ずっとずっと、決まった相手いるから、ってスタンスで」
 うーん、とちっと唸る。一途すぎやしねーかな、二十七歳山本武。ハルにしてみると、これ重くねーかな。キツいんじゃね? なに考えてんだろ、十年後の山本武。あ、オレか。なに考えてんだろ、未来のオレ。ハルのこと?
「ひょっとしたら、単純にポーズなのかもしれません。でも、よく分かりません。山本さん、笑ってばっかりだから……」
 少しだけ泣きそうな三浦ハル。えっと、未来のオレがごめん。もし会うことがあったら、一回怒っとくから。まあ、会えないけど。代わりに十七歳のオレが、それを覚えとくから。だから、ごめん。
「ハルには、なにも言う資格も権利もないんです。それを選んだのはハルですから。それを選べなかったのもハルですから。分かってるんです、ただのワガママなんだって」
 二十七歳のオレ、よほど悲壮に笑ってんのかな。いつもみたいにニカ、とか笑えなくなってるとか。好きな相手にんな心配させて、一体全体なにがしてーんだか、未来の山本武。ああ、笑うの練習しとこ、とこっそりと溜息。
 はあ、と息を吐く彼女。深呼吸をする。かすかな涙を振り払う。
「それがですね、実は、ハル見ちゃったんです!」
 瞳がキッとした凛々しい色に戻る。本気だ。あれ、こっちが本題なんかな、とオレは意外。きらきらとするダークブラウンの光彩が世界にときめく。宇宙と並盛に物申す時の色だ。それが当たり前でしょう、と主張する時の様相。
「見ちゃったと言いますか、偶然会っちゃったと言いますか。これもまたズルっこでして、十年バズーカでなんですけれど……。いるんです、山本さん!」
「えっと、なにが?」
「山本さんを、すごくすごくすごく好きな女の子が!」
 とてつもない沈黙。どちらもしゃべらない。並盛町は宵闇。満月は静かに二人の科白を待つ。二つの影は伸びたまま、それは途中で交わった。 
 彼女はとんでもない告白をしてしまった、という顔でオレを見上げる。対するオレは、なに言ってんのかな、と世界の果てまで摩訶不思議。
 山本武十七歳は、三浦ハル二十七歳になんて返したらいいんだろう。
 誰もそれを教えてくれない。並盛町は静観。白磁の月は返答を急かしたりもせず、舞台を整えて次の場面を待つ。舞台は転換しない。ひゅうん、と風はオレの頬に吹きすさぶ。紅い煉瓦に黄色の葉。
「ランボちゃんの十年バズーカで、偶然会ったんです。五分間だけ。彼女、山本さんがすごく好きで、『でも本気にしてもらえない』ってちょっと泣いてました……」
 おずおずと話し出すハルは、オレを見ていない。見ているのは、その相手の女の子のことみたいだった。誰だろ、その女の子。オレ、一応モテるらしいんだけど、そんな子いたっけ。十七年間で。あ、ひょっとして、知らない子で、これから会うのか?
「だから、あの、ハルにこんなことを言う資格はないんですけれど。その子に会ったら、本気なんだって、嘘じゃあないんだって、それだけ信じてあげてもらえませんか」
 ぎゅっ、とその綺麗な指先を握る。泣き出したりはしない。まるで逆効果だって分かってるみたいに。切々と、現実と事実と真実だけを述べる。一般的に三浦ハルが破天荒だって言われるの、勘違いじゃねーのかな。だって、筋は通ってる。
「好きになってあげてください、なんて言いません。ハルにはそんなこと言えませんし、誰かに言われたからそんな気持ちになるのでも、ないと思いますし」
 かすかに唇を噛みしめる。綺麗で柔らかそうだ、と思う。オレはその感触を知らない。もらったこともなくて、奪ったこともない。彼女の主張に頷いたら、与えられたりしないだろうか、と少し夢見る。
「山本さんを見込んでお願いしたいんですが、どうでしょう?」
 真っ直ぐにオレを見上げる瞳には迷いはない。でも、多少なりとも戸惑ってるみたいだ。彼女自身も、これは正解なのか、と手探りな感じ。そうなんじゃねーかな。ハルも、実はちょっとだけ悩んでるんじゃないかな。
「ハル、いくつか質問いい?」
「あ、はい。どうぞ」
「その女の子って、オレは知ってる子?」
「いえ。山本さんは会っていないです、まだ」
「あ、やっぱし」
「はい」
「んじゃさ、ハルの知ってる女の子、ってこと?」
「……はあ。あの、実はハルも、あんまり詳しくはないんですけれど」
「え?」
「あ」
「……あのさ、どーゆーことなんかな」
 ついつい、じろり、と彼女を見据えた。ハルはどうしてなんだかいたずらが見つかってしまった子供みたいな顔をする。それも可愛いんだけど。卑怯なんだけど。もうさ、オレはどーしたらいいの?
 ぎゅっ、と目をつぶる。なにかを堪える彼女の瞳に水滴はない。これはきっと悲劇じゃあないんだ、とオレに感じさせる。じゃあ、喜劇なのかな。それとも悲喜劇なんかな。ハルが可愛いから、どっちでもいいけど。
「山本さん!」
 意を決した彼女は叫び出す。二十七歳の、大人の余裕なんてかなぐり捨てて、自分は三浦ハルなんだって表現。あ、もう名字違うのかも。三浦、じゃないのかも。でもいいや、訊かないでおこ。
「すごく可愛い子なんです。しかも面白い子です。でも、素っ頓狂だったり破天荒だったりもしなくて、学校の成績もいいそうです。頭よくて。ちょっとクールでドライでシニカルで世の中バカにしちゃってて、それはきっと誰かさんに似ちゃったんですけど。あの、それは気にしなくていいですから!」
 つらつらと言葉を続ける。彼女の科白はその女の子とやらを誉めているのかそうじゃあないのか、判断がつき難い。でも、気に入ってるみたいだ。ハル、本当に知らない子なのか?
「だから、あの」
「その子、名前は?」
 ぎくり、となぜだか彼女は静止した。目線が足元の石段を見つめる。あのさ、なんでなんかな。
「よく分かんねーけど、ハルがそれだけ言うんなら、信じてもいい。未来に、その子がオレに好きだって言ってくれたとして、ウソだって疑わないように。でも、会ったことない子じゃ忘れちまうかもしんねーから、名前教えて。忘れないように覚えとくから」
 ぐるぐるとなにかを迷っている彼女の瞳が回転してる。ぐらぐら、と揺れる感じ。小さくぱくぱくと動いている唇がぐっ、と噛みしめられる。次の瞬間に、ばっ、と彼女は顔を上げてオレを手招きした。決意の目。近づいたオレの耳元で、こそり、と告白する。
「……獄寺? なんで、あいつ妹いたっけ?」
 石段に座る彼女の手前で膝をついて、ぽかん、とする。彼女は小さく首を振って否定。はらはら、と涙の代わりに髪先が揺れて頬にこぼれた。
「あ、そか。ビアンキ姉さんのお袋さんと獄寺の親父さんに、娘がもう一人いた、ってこと?」
 彼女は首を振り続ける。「違い、ます」と発する音が揺れた。はらはら、と並盛町の並木から葉がこぼれる。紅と黄色。ついさっきまでは風はなかったから世界は静かだった。場面転換で、ひゅうん、と紅葉する葉も揺れる。
 彼女が決死の様相なので、これはなんだか、舞台であるならクライマックスなんじゃあないだろうか、と山本武にも予感がひた走る。でもさ、あの、どういうことだ?
「獄寺さんのお父さんじゃない方の、獄寺さん、です。隼人さん、の方」
「獄寺の……?」
 目の前がちかちかする。オレはこれまで経験がなかったし、誇張表現なんじゃねーのかな、って思ってたけど、こんなこと本当にあるんだ。なんか新発見だ。視界の中で星が降るみたいに瞬くことなんてあるんだ。並盛町には流れ星なんて降ってないのに。
「……え……じゃあ、相手は……」
 ついさっきハルに、頭の回転が速い、って言われたけど、んなことない。今オレの脳内はめちゃくちゃ回転が遅い。とんでもなくスローだ。ゆらゆらとする意識を必死で引き戻して考える。いや、考えなくても分かってんだけど。それがどうにもこうにも結びつかない。嫌なんじゃあなくて、現時味がないんだ。じゃあ、それならどうする、山本武。
「ちっとごめん、ハル」
「はひ!?」
 ぴた、と彼女のウエストの下あたりに手のひらを当てる。慌てた彼女は真っ赤になった。ごめん。オレもかなり、ちょっと照れくさいし恥ずかしいけど。これ、たぶん必要だから、とか言い訳かな。ちょっと役得。
「……ここに、いんの?」
「い、いません!」
「あり」
「まだ、いないです」
「あ、じゃあ、もう……。前にいた、ってこと?」
「いえ、ハル、まだ産んでませんから!」
「あれ」
「たぶんですけど、これから……」
 もどかしそうに頬を染めたままの彼女が、戸惑った目をしてる。ああ、そういうことか、と少しだけ合点がいった。そりゃあ、十年バズーカは十年バズーカでも、「ズルっこ」な十年バズーカだ。なるほど。二十七歳のハルにもまだ、なにも起こってないんだ。
 彼女への、破天荒じゃない、を撤回しようと決意。驚いた。感嘆した。それでも来たんだ。どうしてなんだか、十年前の山本武のところまで。マイペースではあるけど、なんだろ、どんな表現が正しいだろう。三浦ハルを表すのに。
 はああ、と息を吐き出した。気恥ずかしさが頂点に達して彼女から手のひらを遠ざける。ひらひら、とさせながらその感触を忘れたくなくて、軽く握った。熱い、気がする。

~続く~



スポンサーサイト

右サイドメニュー