ハニー★カム:日誌

ぱちりとした写真やのんびりまったりその日の一言

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魔術師シュトーレン

復活祭!改4の四冊目です。

獄ハルその1

■B6/P440
■獄ハル。短編71話。サイトの獄ハルテキストを加筆・修正したものです。書き下ろしあり。
■サイトのテキストは削除済みです。
■本文サンプルは、追記よりどうぞ★








【魔術師シュトーレン】

 サルタナレーズン、ラム酒に漬けて。
 牛乳、バターに、強力粉。
 魔法のパウダー、振りかけたなら。
 数えて、数えて、アドベント。

 ピンポーン、とそれはそれは軽やかに玄関チャイム。
 あ、帰ってきたのかな、と顔を上げる。敬愛してやまないひとのお家に、なにやらクリスマスの相談をしに行ったひとを予想した。
 牛乳にバターを溶かして、強力粉を加える。それをくるくると混ぜていたハルは、はてさて、と首を傾げる。
 明るい音をさせたインターホンは沈黙。なんでしょう。いつもだったらインターホンを鳴らしたりせずにドアを開けるのに、と不可思議になる。
 ぐるぐる、と木へらでかき回していたボウルをキッチンのテーブルにコトリ、と置く。ジャアアア、とシンクのお湯を流して手を洗う。水では手が冷たいんです。もう十二月ですから。
 キッチンタオルで手早く両手を拭いて、ぱたぱた、とキッチンと繋がっているリビングを横切って廊下に出る。フローリングは今夜も綺麗。ライトブラウンです。
 ああ、ひょっとして鍵を忘れて行っちゃったのかな、と腑に落ちる。なるほど、それなら仕方がありません。お邪魔している身ではありますが、僭越ながら、ハルが魔法の扉を開けてしんぜましょう。
 自分の口上にくすり、と笑う。気のせいかぴかぴか、と光沢のあるフローリングも笑っているみたい。今夜は姿が見えないけれど、紅い炎を耳元で燃やす子猫がいたら、にょおん、とおかしそうに鳴くに違いない。
 カチャリ、と玄関のロックを外そうとした瞬間にはた、とする。「獄寺さんですか?」とドア越しに念のために確認。防犯とか警戒とか、うるさいんです、あのひと。
 どうしてだか数秒の沈黙。カチリ、と玄関の照明のスイッチを押した。「……おう」とたっぷりと十秒は黙ったのちの返答。ひょい、と玄関ドアの目線にある丸窓を覗く。レンズ越しに歪んだ、目を細めている横顔の銀の髪が見えた。なんだ、おかしなひとじゃあなくて、きちんと獄寺さんじゃないですか。
 カシャンカシャン、と二つのロックを外してダークブラウンの扉を押す。ドアノブが少し冷たい。外界はとても冷えているんだな、と今宵の並盛町の気温が伺えた。最低気温、今日はいくつでしたっけ。
 おかえりなさい、と声にしようとしたハルの目におかしなものが映る。玄関ドアの向こう。やたらと背の高い銀の髪。むっ、とした仏頂面で目を細めるペールグリーンの光彩。すらり、とした体躯。長い指先にはシルバーリングがたくさん。ごちゃごちゃしてます。これでぶたれたら痛そう、と昔から、中二の頃から考えている。でも、このひと、ケンカをするならダイナマイトなんですよね。
 はああ、と息を吐き出す唇。なんだかそれが凛々しい。でも少しだけ情けなさそう。呆然と真っ白な彼の息を見据えていたら、その足元が靴じゃあないのに気がついた。長い足の先が、靴下。ワインレッド。
「……この真冬になにしてるんですか、寒いじゃないですか!」
「寒みーよ! 早く入れろよ! お前が遅いんじゃねーか、インターホン押しただろ!」
 背の高い人を玄関に招き入れてから、カチャンカチャン、とロックを逆に回して鍵をかける。こわごわとした心境で、そっ、とゆっくり振り返れば、「あー、裸足。でもまあ、いいだろ、どうせオレんちだし」と小さく呟く背は不満そう。ライトブラウンのフローリングに、わずかに砂がこぼれる。
 腰には中学生の時からジャラジャラとご機嫌で付けているウォレットチェーンがない。完全なる無防備。というか、普段着。外出するつもりがなかったらしい背中は、ずかずか、と廊下を進んだ。
 パタン、とリビングのドアをくぐって閉めてしまってから、「あー、寒かった」と室内の暖かさに頬を持ち上げる。昔から寒がりです。彼はかすかに安心したように口端も持ち上げた。
「……あの、大きい獄寺さん」
「巨人みたいに言うな、アホ」
「失礼ですね。ハルはアホじゃありません。ええと、じゃあ、隼人さん?」
「おう」
「ここで、なにしてるんですか」
「暖を取ってる。寒みーんだよ、外。どうせ五分だから止めとこうか、とも思ったけど、すげえ寒いから無理だった」
「はあ」
「悪いな」
 ぱちり、とハルはまばたきをする。謝りましたよ、このひと。二十七歳獄寺隼人。ああ、ハルとケンカばかりしている十七歳の彼の方に聴かせてあげたいです。
「どうせあれだろ。十七歳のオレがアホ牛ともめて、十年バズーカぶっ放されたんだろ。いい加減避けろ、っつの。しかも真冬の往来だし、寒いだろが。ふざけんな、あいつ」
 あいつ、って過去のご自分のことですけど、とおかしくなった。くすり、と笑みがこぼれる。くすくす、とどうしてだか笑うハルを見やって、隼人さんは目を細める。多少なりとも文句は言いたそうな唇。でも、どうしてだか文句は出ませんでした。
「別に悪くないですよ。ここ、獄寺さんの、ああ、隼人さんのお家ですし。ハルの方こそ、お邪魔してます」
 今度は隼人さんの方がぱちり、とまばたきをした。大層興味深そうなペールグリーンの光彩がハルを捉える。ぺこり、と会釈をしたら、意外そうに口端が持ち上がる。あ、かっこいい、です。相変わらず外見は整っているひと、と感心する。
「三浦ハルは三浦ハルでも、十七歳だと可愛いな」
 なんて小さく笑って吹き出す。可愛い、なんてあまり言われないので、ついどきり、とする。
「二十七歳のハルは、可愛くないんですか?」
 なんだかどうにもこうにも、それは大問題な気がして問うた。これからの十年間で、ハルは可愛さをなくしてしまうんでしょうか。まあ、可愛さと引き替えに綺麗さを手に入れているとしたら、それはそれでいたし方ないかもしれませんが。
 隼人さんは、うーん、と苦そうに唸った。胸の手前で腕を組む。リビングのテーブル手前で佇む。ぱっと見はかっこいい、背の高いひと。
「外見は可愛くねえわけじゃねえが、すげえうるせえ。無駄な説教多い。意味不明な言動ばっかだし。そうだ、あれだ。可愛げがねえ」
 憮然とした言葉のあとに、はああ、と隼人さんは大きく溜息した。どうやら十年後のハルにも可愛いは残っていそうなので、安堵する。なんだか人事みたいに彼の話を聴いていた。なんともかんとも、痴話喧嘩みたいなあれじゃあないですか。
 二十七歳のハルとケンカでもしちゃったんでしょうか、と首を傾げる。隼人さんは絶望するつもりはないらしく、「オレは悪くねえ」と舌打ちしそうにつぶやいた。
 はてさて、とすっかりとしっかりと大人になってしまった彼を横目に、生地を混ぜている途中だったのを思い出す。くるくる、と木へらで混ぜるのを続行したら、「なにやってんだ、それ」と訊ねる唇。
「シュトーレンを作ってます。クリスマスの焼き菓子です」
 そう答えると、じっ、とハルの手元に並んでいる材料のボウルを見やった彼が、「ああ、あれか」と得心したようだった。
「隼人さんも一緒にやりませんか?」
 と誘ってみたら、「……ああ、うーん、そうだな」とやたらと歯切れの悪い科白。目を細めて唸っている姿はなにかを迷っている感じ。
「じゃあ、キッチンでなく向こうのリビングでやりましょうか。隼人さんはソファにでもどうぞ」
 ぴ、とキッチンと繋がっているリビングのソファを指さしたら、「おう」となんとも安心した風の頬があったのでおかしくなった。ふう、と安堵の息を吐きそうな唇に笑いそうになる。別に、ハルの言うことすべてに頷かなくてはいけないわけもないのに。面白いです、このひと。
 ソファの手前にあるローテーブルを拭いて、カチャカチャ、と材料の入ったボウルたちを移動させる。当然ながらキッチンの方がやり易いですが、まあ、いいでしょう。もう計量してありますし。あとは混ぜて焼くだけですから。五分しか隼人さんはいないんだし、そうしたらキッチンに戻ってもいい。
 五分しか、いないんだし。
 ずきり、とわずかに胸が痛む。ちくちくする、と表現するのが近いかも。そう、十年バズーカの効力は五分間。五分経ったら、煙と時空の向こうに帰ってしまうひと。
 ぐっ、と罪のない木へらを握り締める。本来ならハルはそれを回転させて、シュトーレンの生地を混ぜ合わせなくてはならない。だって、そうしないと、綺麗に焼き上がらないもの。でも。
 ぱっ、と木へらとボウルをローテーブルの上に放り出した。ガチャン、と鳴るクリアなボウルに驚いて、「……っと」と隼人さんが手を伸ばして支えてくれる。フローリングに落ちないように。ありがとうございます。
 すたすたすた、とリビングとそれに面しているバルコニーの間に存在するカーテンを開く。モスグリーン。ジャアッ、と分厚いそれは左右に展開する。並盛町は真っ暗闇。十二月ですから、十八時を過ぎたら、そりゃあもう宵闇なんてものじゃあありません。
 きらきら、と瞬くのは一等星と二等星。流れ星なんていない。流星群もいない。それでも、真冬の空を変わらずに照らしているもの。輝いているのはまぶしい光じゃない。そっと、世界を、並盛町を灯すみたいに。
「お前なにやってんだ、寒いだろーが!」
 仰天したしたひとが大人のかっこよさをかなぐり捨てて、ばっ、と立ち上がる。長いストライドでペアの窓ガラスの手前まで歩いてきては、その長い指と腕をカーテンに伸ばした。
 ぐっ、とその腕を留める。カーテンは引かせません。きっ、と隼人さんを見上げて睨む。ちっ、と舌打ちしそうな唇。ああ、変わっていない、このひと、となぜだか嬉しくなった。
 ぐぐぐぐ、とカーテンを閉めたい隼人さんとそれをさせたくないハルの腕が闘う。でも、実のところ、闘いなんてあっという間に決着がつくもの。だって、腕力が違いすぎる。分かってます。このひとの腕が細いように見えて、結構筋肉ばかりだってこと。十年後だったら、なおのことでしょう。
 ハルを睨み返していた隼人さんは、はああ、と大仰な溜息。ぐっ、と握っていたカーテンの分厚いそれを手放した。とんでもなく目を細めてはうんざりとして、「んで、なんだ。十年前の並盛町には、彗星でも落ちてくんのか」とうそぶいた。
 くす、と笑ってハルも隼人さんの腕を放す。カーテンはゆらり、とペアの窓ガラスの手前で揺れた。獄寺家のリビングのカーテンは世界に解放されたまま、彼の目の前にある。ローテーブルからフローリングの上に移していたリモコンを取り上げて、ピ、とエアコンの設定温度を上げた。
「今夜はめちゃくちゃ寒いですから、星がよく見えるんですよ」
 と仏頂面に説明を一つ。
「冬って、星が綺麗じゃないですか」
 と納得がいかなさそうな頬に解説も一つ。
「流れ星じゃあなくても、これだけ綺麗な星なら、お願いしたら、大事なひとと仲直りさせてくれるかもしれないですよ」
 にこり、と彼に目線を投げてから、すたすた、とローテーブルの前まで戻る。くるくる、とシュトーレンの生地をかき混ぜながら、知らん振りした。一瞬だけ意外そうな顔をした表情が、途端に曇る。今にも舌打ちしそう。ああ、余計なことでごめんなさい。
 ローテーブルに生地を伸ばすための台を設置する。キッチンのテーブルよりも小さくなってしまうけれど、まあ、大丈夫そう。サルタナレーズンとオレンジピールとアーモンドの入った生地は、この時点で美味しそう。
 一口放り込んでしまったら、強力粉でお腹を壊してしまうかな、と誘惑を断ち切る。刹那、リビングのカーテンの手前で、ぽつり、と一言。
「……ハルが、クリスマスプレゼントのリクエスト、吐きますように」
 ぱっ、とついつい顔を上げてしまった。知らん振りを続けるのができなくなる。素っ頓狂な告白をした隼人さんは、にやり、と笑った。これでいーのか、とでも言い出しそうに。
 違う。違う。ハルはハルでも、彼の言うハルは、二十七歳の三浦ハル。彼女は一体、どんな気持ちでもってそれをひた隠しにしているんだろう、と不可思議になる。なんだか、胸がぎゅう、と締め付けられた。どちらにだろう、と摩訶不思議。隼人さんに? それとも、十年後のハルに? はたまた両方に? それとも。
 ねえ、教えてくれませんか、隼人さん。十年後の獄寺さん、ハルの大好きなひと。

~続く~



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