ハニー★カム:日誌

ぱちりとした写真やのんびりまったりその日の一言

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僕らのフードチェーン

復活祭!改4の三冊目です。

ツナ京

■A6/P54
■ツナ京。短編6話。サイトのツナ京テキストを加筆・修正したものです。書き下ろしあり。
■サイトのテキストは削除済みです。
■本文サンプルは、追記よりどうぞ★








【僕らのフードチェーン】

 ぐるぐる回る、その輪廻。
 大好きだって、証明すれば。
 消滅しても、ハローハロー。
 食べたい食べない、この気持ち。

 こっそりとひっそりと、明確に鮮明に、スケジュールは空白。
 十年経っても中学の頃からの親友に、「え、なんで誘われてないの。おっかしいな、あたしそう聞いたけど」と不思議そうな問いをされる。詳しく話をしてもらったら、なんとも大仰で派手な感じのイベントが提示された。
「一般人はいなさそうだねえ」とのん気に答えてみたら、「そんなこともないわよ。だってあたしが行くくらいだし」と飄々とした声。面倒くさそうにしていても、「やれやれ」と台詞にしていたとしても、それが結構なところでポーズであるとあたしは知ってる。
「了平が怒ってたわよ。沢田の奴が京子を誘うから、俺は花を誘わねばならんではないか、恥ずかしいであろう、って」
 彼氏が彼女を誘う分には別段恥ずかしいことはないんじゃないかな、と実の兄の思考を不思議に思う。恥ずかしいのかな、照れてるだけじゃあないのかな、ヘンなの、と妹の心は摩訶不思議でいっぱいだ。
「ああ、なんて大袈裟だか」と息を吐く唇は不機嫌そうじゃない。花は特別嫌ではないみたい、とあたしはくすり、とこっそり笑った。
「沢田のやつに確認しといた方がいいわよ。忙しくって忘れてるとも思えないけど」とやわらかな釘を刺した親友はあたしのマンションを後にした。それは正確に一昨日の話。
 ツナくんからは、今のところなにも申し出はない。はてさて、と首を傾げる。
 三月の並盛町は麗らかな陽気と真冬を忘れられない風を交互に繰り返す。ぽかぽかした日差しがこれからやってくる春を感じさせて、冷たい空気に肌が春の手前にいる季節を思い出す。
 並盛駅前の街路樹は桜。秋に差し掛かり黄色と紅の葉を落としてしまった枝は寂しそうだった。でも、今は綺麗な緑の葉が現れて、小さなつぼみも準備をする。春を待つ。
 薄いピンクの花弁はまだ開かない。もう少し、あと三週間くらいはかかってしまうかもしれない。だって、春は到来していないのだから。
 よく分からないけれど、春を祝う宴なのかな、と一昨日の花の話を思い返す。昨日実家に帰ってみたら、偶然兄までもがちらりと顔を出したので、パーティーに花を誘ったのか、と問うてみた。
「あいつめ、条件を出しおった。不届き千万である」と苦い横顔に、「どんな条件?」と素朴な疑問をぶつける。うんざりとまぶたが伏せられて紅潮した頬が、「言えん。門外府出だ」と謎の台詞を吐き出したのでおかしくなった。花ってば、なにを言ったんだか。
 誤魔化すように「明日な」と兄はブラックのスーツの背を向けてしまったので、あたしは今のところ出席者じゃないんだよ、と伝えられなかった。
 わずかに困って、うーん、と唸る。
 あたしのマンションのペアの窓ガラスの向こうは夕暮れ時。綺麗なグラデーションで水色が橙色に食べられていく。ぱくり、と口にしたら美味しそうな色。ケーキにありそうな不可思議な色は、なんだかあたしの胸中の不思議を巻き込んで、ぐるぐると回転してしまいそう。
 そこに、めくるめくような世界や展開が待っているのではないことは知っているんだけれど、とまばたきをする。刹那、きらりん、とまるで宝石がぶつかったような音が響いて、あたしの鼓膜はそれをキャッチした。
 小さなローテーブルの上に置きっぱなしになっていた薄っぺらいスクエアな電子機器。彼からの着信はあまりない。もっぱらメールばっかり。そのメールもぱたりと途切れることもある。忙しいんだな、と思う。たぶん嘘ではないそれが真実。
 ぴかぴかと一定の間隔で光るそれはオレンジ色をしていて、いっそ誰かさんの炎の色みたいだ。
「ピンクじゃないんだね」と機種変更をして本体の設定をしていた時に、額に橙色の炎を噴出させる彼が不思議そうだった。「女の子はピンクだけが好きなわけじゃあないんだよ」と教えてあげた。彼は「ふうん」と不可思議そうだったけれど、あなたの炎の色だからだよ、とは教えてあげなかった。
 繰り返してメールの着信を告げる明かりを見つめると、なんとなくその内容が予想できる気がした。あたしはひょっとして超能力者だったろうか。知らなかった、とくすくすと笑う。
 ピ、と人差し指で押して見た液晶画面には、【京子ちゃん、明日予定ある?】とメールの文面が表示された。あたしを「京子ちゃん」と呼ぶ人は、実はこの世に数えるくらいしかいない。「京子」や「笹川」と名前だけで呼ばれることの方が多い。だから、差出人を見ていなくても、メールの送り主が分かってしまう。でも、そんなのきっと彼は知らないんだろう。
 つるつるとした画面に触れては、【ううん。映画でも行く?】と返信してみた。
 それから五分ほどの沈黙。あたしのスマートフォンはぴくりともしない。ライトも発しない。彼の魂みたいなオレンジ色のそれも点滅しない。壊れちゃったかな、と薄いそれを持ち上げてひっくり返してみたら、ぴかり、と明るく橙色があたしを呼ぶ。
【あの、今から京子ちゃんの家に行ってもいいかな】の文字を視界の端に映しながら、ねえ、ツナくん。
 さあ、とうとう決戦だ、闘わなくちゃ、なんてあたしはどきどきする鼓動と楽しげな未来を胸に宿して、嬉しくなって深呼吸をしてみたりするんだよ。

       ◇

「いらっしゃい、ツナくん」
「こ、こんにちは」
「どうぞ」
「あ、ありがとう。お邪魔します」
 知り合ってもう十年以上経つのに、律儀だ。彼はこの部屋の合鍵を持っていない。とても礼儀正しい人だ。今時珍しいのじゃあないのかな、と感心する。前に「渡そうか?」と尋ねてみたら、瞳孔が開いたみたいに男の人にしては大きな両目で三十秒を経過させてから、「だ、駄目だよ、そんなの!」と並盛の空に向かって絶叫した。震える握り拳だった。「あ、ごめんね。いらなかったね」とシルバーのそれを引っ込めたら、今にも泣き出しそうな情けない顔になってしまった。しょんぼりした、寂しそうなウサギみたいだ、とちょっと考えたのを覚えてる。
 笹川京子のマンションの部屋の合鍵を持たない沢田綱吉は、毎回マンションのエントランスでコールを、加えて玄関のインターホンも押さなくてはならない。でも、彼はそれが当然だと考えているらしく、特別難儀そうな様子もない。とても丁寧。そして折り目正しい。
 乱暴なツナくんって想像できない、と彼を見据えてまばたきをする。単にあたしが見かける場面にそれが表現されないだけで、あたしが知らないだけかもしれない。「実はあやつはとてつもなく強いのだぞ!」と兄も賞賛する。でも、あたしに触れる時の彼はひどく優しいので、なんともかんとも実感できない。
 過去に何度か彼が闘うところを見たこともあるけれど、彼は祈るように拳を振るう。相手に殴られたままになることもある。一方的な力の誇示はしない。それがあたしの沢田綱吉像、だろうか。
「紅茶と珈琲、どっちがいいかな」
 と問いかけると、なんとも落ち着かなさそうな瞳が部屋の中をうろうろとしてゆらゆら揺れる。あ、なにか迷ってる、とあたしは知る。ツナくんは困っている時、いつもそうなんだ、と少しだけおかしい。
「どっちでも。あ、やっぱり、珈琲で」
 言い直したのは、以前に笹川京子に怒られた経緯があるからだろうか、と摩訶不思議。「ツナくん、どっちでもいいじゃあなくて、意思表示は大切なんだよ」と彼を諭してみたら、ぽかん、とした顔をされたことがある。
 たっぷりと数十秒であたしの台詞を噛み締めたらしい彼は、「そうじゃないんだ、どうでもいいわけじゃあなくて、あの」と言い淀む。そしてしばらくしてから、「京子ちゃんが煎れてくれるのなら、なんでも美味しいから、俺」とまるで殺し文句みたいな言葉を発した。
 心がぽかぽかして、なんとも言えない気分になった。紅茶のティーカップに、丁度いい量の砂糖がさらさらと入れられて溶けたみたいに。さすがマフィアのボス、と感嘆する。まあ、ツナくんはとてもそんな組織のトップにいるようには見えないのだけれども。
 あたしはカフェオレにしよう、とマグカップにミルクを注ぐ。彼はつるつると流れていくホワイトのそれをぼんやりと眺めて、唇を噛みしめたり頬を引き釣らせたりする。なにを企んでいるんだろう、と世界の果てまで不思議は無限大だ。
「あの、京子ちゃん」
 と口火を切るも、彼はどうにもこうにもそのあとが続かないのか、「ええと、今日、いい天気だったよね」と未だ綺麗な夕焼けの並盛町に目線をやる。
 あたしがずっと気になっているのは、彼が両手に抱えてきた長方形の薄めの箱と正方形に近い少し厚い箱だ。ちらり、と視線を投げたら、ぎくり、とした瞳が相変わらずゆらゆらとする。ああ、これが鍵なんだ、と納得する。シルバーじゃあないけれど、鍵。
 ばっ、と突然に開けてしまったら彼はどんな顔をするだろう、とかすかに考える。でも、彼の持ち物であるのにそれは失礼だ、とあたしは考え直した。ただ、少しだけ彼の表情が引っかかるのだ。この顔を、あたしはちょっと前に見たことがある気がして。
 どこでだったろう、と指先を伸ばした。真っ正面から彼を見据えて、その頬に右手を触れさせる。ここまで出かかっているんだけれど、とじっとその瞳を見据えたら、なぜだか苦しそうな厳しい光彩がある。
 うーん、このツナくんをあたしは知ってる、と彼を見つめたままに思考し続けてしまったら、
「ああもう、分かった、俺の負けだよ、話す!」
 と意外な口上。
「京子ちゃんには勝てないよ」と情けなさそうな唇が世界にそうと陳情を訴えて、そのツナくんの横顔であたしは、あ、と気がつくんだ。
 ああ、そうだ、プロポーズしてくれた日の彼の顔とそっくりなんだ、ということに。

       ◇

「あのね、ボンゴレ主催でパーティーがあるんだ」
「そうなの?」
「うん。もう三月だから、春を祝うんだって」
「イタリアの、マフィアのひな祭りなのかなあ」
「ああ、そんな感じかも。ずっと寒かった厳しい冬を乗り越えて、到来した春に祝福を、らしいよ。昔から」
「昔からなんだ」
「うん。ずっと、初代の頃から開催されてるらしいんだけど」
「ふうん」
「それで、あの、男は女性をエスコートしなくちゃならない決まりで」
 その台詞から、どうしてだか彼の音はごにょごにょと、もごもご、に近くなってきた。
「女性が春を連れてくる、ってことなんだって。季節の解釈として」
「そうなんだ。面白いね」
「ああ、そうかな。ある意味面白いかな」
 春の女神かあ。プリマベーラ、とあたしは頬がほころぶ。
 対するツナくんはどんどんと不安そうな顔が情けなさそうになって、仏頂面と怪訝そうな表情を繰り返す。なんだかぴかぴかと点滅する電子機器の表面みたいだ。ただ、その点滅はオレンジではなく、イエローかレッドといった印象。
「それで、あの、俺は京子ちゃんを誘いたいんだけど」
 思ったよりもスムーズに発される台詞に、あたしはなかなかに意外だった。どうやら兄のように、恥ずかしいから、で言い淀んでいたわけじゃあないらしい。ぱちり、とまばたきをしてしまった。
「いいよ、いつ? スケジュール入れておくから。来年の春の話?」
 ととぼけて訊いてみる。あたしはちょっと意地悪かなあ、とも思う。たまに、彼をふざけてからかってみるのだ。困った顔が好き。
「あ、明日……」
 とうとう申し訳ない、といった風体を全面に押し出した彼は、「あの、日曜でも京子ちゃんも予定があると思うし、駄目だったら断って大丈夫だから」と大層慌てる。彼はいつだって押し付けがましくない。彼氏の威厳やら尊厳やら権力を振りかざしたりしない。きっとボンゴレファミリーの中でも、そのトップの座にいてもそうなのじゃあないかな、とファミリー外のあたしに感じさせる。
 くすり、と笑ってしまってから、「いいよ。明日だって知ってたし」と被告人は白状する。「え!?」と叫びを上げる唇と頬。「ど、どうして知ってるの?」と恐る恐る発言する彼は、なんともしどろもどろの供述をしなくてはならない罪人なのかもしれない。
「偶然、一昨日花からちらっと聞いたの。あと、昨日お兄ちゃんにも」
「そ、そうなんだ……」
 呆然と愕然とする彼は、別段舌打ちなんてしない。彼の言葉にしない情報は、すべてあたしには伝わらないと考えているのではないと思う。たぶん、さっぱりと思い当たらないだけなんだ。
「だから、いいよ。ただ、今からドレスって見つかるかなあ、とちょっと心配で。ほら、なんだか立派なパーティーみたいだし」
 一昨日花から話を聴いた時点で探しにいってもよかったけれど、なんだかそれは時期尚早で、なんとも自惚れの激しい行動みたいで、あたしはアクションに移せなかった。だって、あたしにまったく声がかからないケースだって世界にはあるわけで。沢田綱吉の声はなにもかもが笹川京子に与えられるわけもない。うん、そうなの。それが自然の摂理。
「そ、それなら平気。あるんだ、ここに」
 一瞬だけぱっと表情を明るくした彼が、あたしが不思議に感じていた二つの箱を持ち上げる。でも、ツナくんは明るくした表情に眉間にシワを寄せて、心底困惑した顔で箱のフタを握り締めた。唇を噛み締める。苦そうに辛そうに瞳が瞬く。それで、ああ、言いたいことは、言えなかったことはこのあとが本番なんだ、とあたしは知る。
 ペアの窓ガラスの向こう側はまだ夕闇で、段々とオレンジ色は群青にかき消されていく。でも、橙色はいなくなったわけじゃあない。
「ドレスはあるんだ。あの、ただ、ボンゴレの正式な場なんだ」
 と彼はとてつもなく神妙な声音で宣言する。
「俺がエスコートしてしまったら、京子ちゃんはボンゴレファミリーのボスのそういう相手だ、と認識される。世界に、イタリアンマフィアに。だから、俺は」
 ぐっ、とドレスが入っているらしい立派な箱の端を握り締める。どんなドレスなんだろう、ツナくんが選んだのかな、と幸せな興味が溢れてしまいそう。あたしの胸中に反して、彼は恐ろしく真剣に真摯に言葉を綴っているというのに、なんてこと。
「認識はされない方がいいと思うんだ。安全のために。もちろん、俺と京子ちゃんがそうならなかった場合は、ボンゴレファミリーとして撤回するよ、否定もする。でも、京子ちゃんにいらない危ない橋を渡らせることになっちゃう可能性があるんだ。だから」
 この薄めの箱がドレスだとしたら、厚めの正方形に近い方はなんだろう、パンプスなのかな、とどきどきする鼓動はすっかりと落ち着きがない。あたしは彼に服や靴を贈ってもらった経験がないのに、どうしてサイズが分かったんだろう、と楽しい謎が山盛り。
「でも、俺は京子ちゃんと行きたくて、矛盾ばっかりで、どうしたらいいか、ってもう前日なのにこんなで」
「ねえ、ツナくん」
 うずうずとする好奇心に勝てなくて、彼の台詞を遮ってしまった。しっかりとした厚みで完成されている二つの箱は、まるで新世界への扉を開いてくれる鍵みたいだから。

~続く~



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