ハニー★カム:日誌

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「オサム・ヒトミコリーノ!~身の丈スタートレイン~」

寝台特急篇も、ちゃんと刷り上がってきていますよ!

寝台特急篇表紙

■「オサム・ヒトミコリーノ!~身の丈スタートレイン~」
A5/56P/表紙フルカラー/本文モノクロ
表紙イラスト:【MATHEMATICA】西野ムギ様(【ハニー★カム】ファーストページよりどうぞ)

■瞳子監督がお見合い写真片手に逃避行をして、オサーム様がそれを見守る話。

■本文サンプルは、続きよりどうぞ。








~「オサム・ヒトミコリーノ!~身の丈スタートレイン~」1話より~


【旧世界なんて、捨てちゃおう】

 灰色、それは暗黒面。
 落ちてもそうだ、顔を上げ。
 見上げた星が、青かったなら。
 選んだものが、唯一だった。

 どこに行くんですか、瞳子監督、と目を見張って頬を歪めた彼に問われたので、余計にムッ、としてしまった。

 知らないわ、分からないわ、達者でね、砂木沼君、とそれはそれは淡々と冷淡に、努めて冷静に音にすれば、ゴトン、と吉良邸の内玄関に乗せたトランクだって不機嫌そう。
 どちらかと言えば、ワインレッドよりも真紅寄りの赤いトランクはギュウ、とライトブラウンの太い皮ベルトで二本の線を引いては抱き締められて、世界と日本と宇宙と稲妻町に佇んだ。
 ポイ、とトランクの持ち手を放り出してしまい、パタンパタン、と吉良邸の内玄関のシューズボックスの扉を開けば、呆然として恐ろしく頬を歪めたままの砂木沼治は、ポカン、とした顔でレッドのトランクの持ち手と吉良瞳子を見返した。
 ああ、これで良いかしら、とそうヒールの高くない、踵のしっかりとしたパンプスとショートブーツの中間地点で存在している様な姿を選んでは、コトン、と綺麗な音を鳴らして内玄関に落下させる。
 ストン、と内玄関にサンダルも履かずに下りてしまって、キュッ、とそのパンプスに踵を入れてしまったら、もう、この身は準備万端であるのだ。
 じゃあね、吉良邸に適当に連絡は入れるから、とさり気ない宣言をしてゴトン、とレッドのトランクを内玄関へと下ろしたら、カシャン、とその持ち手を伸ばした刹那に、ギリ、と彼に睨まれたみたいだった。
 待って下さい、良く分かりませんが、私も行きます、とどうしてなのだか可笑しな告白をする漆黒の波とそっくりなうねうねとした流れの髪は、今日のこの日も彼の頭部の斜め上でギュッ、と結ばれている。
 はてさて、彼は何を言っているのだろう、とほとほとの摩訶不思議で瞬きをしてしまったら、ザッ、とまるで蹴飛ばす如くに彼がスニーカーにその足を放り込ませたので、あら、と目を見開きそうになった。
 付いて来ないで、とも、有難う、ともこの唇も喉も顎も科白を精製するつもりはこれっぽっちもなかったので、ふうん、と僅かに目を細めて、チラリ、と彼を視界の端に映す。

 カツン、とパンプスの踵を吉良邸の外玄関の石畳で鳴らしたら、ポオン、と斜め前にレッドのスニーカーが踊った。

 パチリ、ともう一回瞬きをしてから、明日天気になあれ、と彼を見やって口上してしまえば、い、いえ、違います、すっぽ抜けただけです、ちょっと待って下さい、と慌てる彼のハイカットの靴が雷門の空に対して真上を向いていたので、うん、晴れみたいね、と私は一つを頷くのだ。
 吉良瞳子にはキュッ、とスニーカーの紐を結び直している彼を待っている必要性が誓って決してないので、カツンカツン、とホワイトと濃いグレーの石畳を踏んで歩き出す。
 カララララ、と随分と大仰で大袈裟な音を立てて見せるトランクを斜めに傾けて長くした持ち手で引っ張って見れば、私の右手と繋がっている持ち手とトランク本体とを繋いでいるシルバーのそれが、キラリ、と秋空の雷門に輝くみたいだ。
 うん、日々是快晴、とダークブラウンで完成している分厚い吉良邸の玄関を潜ってしまえば、稲妻町前駅と稲妻河川敷とも続いている煉瓦の舗道が、つらつらと歌って踊り出しそうな予感さえする。
 大層自分勝手な感想で感情で感慨かしら、とほとほと不可思議を抱えながらも、ツルツル、と平面ではとんでもなく滑らかに吉良瞳子の体躯を付いて来る、レッドの長方形を僅かに振り返った。
 刹那、私の視界の端にレッドの美しい色をしたトランク以外に、ブラックの波の如くの髪も映し出されたので、どうして付いて来るのかしら、と宇宙の果てまで飛び出しそうな摩訶不思議はこの胸にある。
 当の彼と言えば、どうやらもうその足元のスニーカーはギュッ、と結び直された紐に依って動作を制限されないらしく、トン、とその右足も左足も軽やかだ。
 微かに困惑した表情は称えているものの、何とはなしに楽しそうだ、と持ち上がっている彼の口端を睨んでから、プイ、と正面を向いてはトランクを引く。
 真夏も晩夏も通り過ぎてしまって、すっかりとしっかりと涼しくなってしまった稲妻町は、虎視眈々と今度はこっそりとひっそりとでもなく、冷え込んでしまおうと企んでいるらしかった。
 でも、まだ秋だわ、と十一月に入った雷門の空を顎を傾けて見上げれば、とてつもなく麗らかな柔らかい日差しが私の頬にも握られた右手にもレッドのトランクの表面にも降り注ぐので、ああ、何たる青空だろう、と吉良瞳子は溜息を一つでもなく付きそうになって。

 はああ、ととうとう吐き出してしまった息に、どうにもこうにも悔しくて涙の一つも滲みそうなのよ。

 ***

「あの、瞳子監督、どこに行くんですか、恐ろしく大きな荷物ですが」
「取り合えず、稲妻町前駅ね、全てはそれからよ」
「…………」
「…………」
「余りにも唐突で突然ですが、旅行ですか」
「違うわ」
「…………」
「…………」
「ああ、出張ですか、児童養護施設の地方視察ですかね」
「違うわよ」
「…………」
「…………」
「パーティーの代理出席ですか、吉良財閥の名前で呼ばれたとか」
「違うの」
「…………」
「…………」
「では、悪の組織から身代金を要求されて、警察にも届けず誰にも話さずに、引き渡しに行く所ですか」
「それならば、まだ良かったわ」
「…………」
「…………」
「はあ、そうなんですか」
「全くね」
「…………」
「…………」
「あの、訊いても良いですかね、一体全体」
「言いたくないわ」
「…………」
「…………」
 ピタリ、と左右のパンプスの踵と両足の動きを止めてしまって、ギュッ、とトランクの持ち手を握り締めてしまったら、無性に砂木沼治を睨みそうになる。
 どうしよう、悔しくて泣きそうだわ、ととてつもない世界の不条理を唇ばかりで噛み締めそうになれば、運良く彼は私の目尻のそれを気に掛けていないらしくて、ホッ、と安堵の息を漏らしそうになった。
 はあ、と短くて深い息を吐いてしまえば、キッ、と涙を振り払った目線に戻す事が叶ったので、ああ、良かった、と私は微妙に膨れっ面になりそうになりながら、彼を睨み続けるのが可能になる。
 もう、誰のせいだと思っているのかしら、とジッ、と最近背が伸びた様な気がする体躯を見上げてしまえば、彼の背後に偉くご機嫌な薄青い秋空があるので、とんでもなく不愉快になりそうだ。
 砂木沼君も稲妻町も、晴れ晴れとしていて、滅茶苦茶ご機嫌そうで良いわよね、と八つ当たり以外の何物でもないそれを発してしまえば、はあ、そうですかね、と特別格別、慌てたり無駄な言い訳を声にしない体躯が傍にある。
 スイ、と漆黒の波とそっくりな髪と彼の揺れているレッドの光彩越しに雷門の空を見やったら、真夏の高さを忘れてしまった空が酷く青いので、ああ、と吉良瞳子は泣きそうになるのだ。

「ちょっと、旅に出るわ」
「はい?」
「…………」
「…………」
「何が起こっているのだか、自分がどうしたいのだか、それがどう言う事なのだか、少し考えたいの」
「あの、考えるだけなら、吉良邸でも構わないかと思いますが」
「…………」
「…………」
「あのねえ、気分よ、それから、ちょっとむしゃくしゃしているから」
「気に入らない事があるからと、簡単に安易に、家主が不在にならないで下さい」
「…………」
「…………」
「良いじゃない、少し位なら」
「どの位の期間ですか、三日ですか五日ですか、それとも一週間ですか」
「…………」
「…………」
「さあ、一ヶ月とか?」
「どうして疑問形なんですかね」
「…………」
「…………」
「まあ、家出よ」
「しないで貰いたいですね」
「…………」
「…………」
 全くもう、やれやれだ、と言わんばかりの彼の目線が憎らしかったので、別に砂木沼君は付き合う必要はないわよ、帰りなさい、ほら、吉良邸までこの路を真っ直ぐよ、と思わずお日さま園の子供に対する如くの言葉を発してしまえば、はあ、そうですね、と彼の頬が酷く歪んで行く。
 暫くの間、自らが歩いて来た煉瓦の舗道を振り返ったり、ムッ、としている吉良瞳子の頬を見やったり、レッドのトランクがどうやら梃子でも動かないらしい、と理解したのだかどうかは分からなかったけれど、それでは、お供しますよ、瞳子監督が迷子になると困りますから、と彼は音にした。
 ニヤリ、と口端を持ち上げた砂木沼治のそれは、これっぽっちも迷っている風ではないので、あら、珍しいわ、とこの心臓と肺とは摩訶不思議に席巻されそうになる。
 でもまあ、旅は道連れと言うけれど、と彼をチラリ、と見詰めてから思考してしまって、ああでも、違うわ、家出だったわ、と瞬間的に吹き出しそうになった。
 吉良瞳子は、帰れる場所があるからこそのその言動なのだ、と言う結実を心底理解していたので、うん、そうよ、家出なのよ、きちんと帰るわ、とクスリ、と笑いそうになる。

 でも、一つ考えなくちゃあ行けない事がある、と私は何度でも唇を噛み締めそうになって、ああ、砂木沼君。

(考えられるかしら、思考停止にはならないかしら、と真夏に伸びてしまった貴方の背を睨んでいるのよ)


~以下、「オサム・ヒトミコリーノ!~身の丈スタートレイン~」に続く~








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